ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)JAPAN Studioでは、幅広い職種のクリエイターたちがゲーム制作を支えている。そんな影の立役者にスポットを当て、ゲーム制作の全貌を紐解くのがインタビュー企画「アソビの遺伝子」だ。今回はパッケージやポスターなどを手掛けるデザイナー・崎前敦之に、『ワンダと巨像』『The Last of Us』をはじめとするアートワークについて話を聞いた。
ゲームからイメージを膨らませ、パッケージやポスターをデザイン
崎前敦之(さきまえ・あつゆき)
<主な担当作品>
・『ワンダと巨像』
(PlayStation®2用ソフトウェア/2005年発売))
・『勇者のくせになまいきだ。』
(PlayStation®Portable用ソフトウェア/2007年発売)
・『Demon’s Souls』
(PlayStation®3用ソフトウェア/2009年発売)
・『リトルビッグプラネット2』
(PlayStation®3用ソフトウェア/2011年発売)
・『The Last of Us』
(PlayStation®3用ソフトウェア/2013年発売)
・『アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝』
(PlayStation®4用ソフトウェア/2016年発売)
・『人喰いの大鷲トリコ』
(PlayStation®4用ソフトウェア/2016年12月発売予定)
――はじめに、崎前さんのお仕事の内容について教えてください。
JAPAN Studioが制作するゲームのメインビジュアル、ロゴ、パッケージ、レーベル、解説書、ポスター等の店頭販促物、PlayStation®Storeのデジタルバナーなどを作成しています。要は、2Dグラフィック全般を担当している部署ですね。そこでアートディレクションを担当しています。
――ゲーム制作にはさまざまな工程がありますが、崎前さんが参加するのはどの段階からですか?
タイトルによって様々ですね。例えばロゴデザインの場合はゲーム内でも使用するので割と早い段階から依頼があります。通常はゲームの発売から半年ぐらい前でしょうか。プロジェクトによって、1、2年前からオーダーをされるケースもあれば、「明日までに作って!」というぐらいの勢いで依頼されることもあります(笑)。
――パッケージなどをデザインする時には、どのようにお仕事を進めていくのでしょうか。
まずゲームの概要を口頭で説明してもらった上で、実際のゲーム画面を見せてもらいます。タイトル担当者の方で既にビジュアルのイメージがある場合は、その場で話を聞くこともありますね。こうした打ち合わせでイメージを膨らませ、持ち帰ってから、さまざまなバリエーションのデザイン案を考えていきます。
――提出する案は、ひとつではなく複数が基本ですか?
そうですね、いろいろなバリエーションを作ることが多いです。ディスカッションの中で出た幾つかのキーワードを持ち帰って、咀嚼して、ビジュアルにして。できるだけ多くのアプローチを試みるようにしています。
――海外のゲームの場合、すでにメインビジュアルやロゴが決まっていることも多くないですか?
確かに海外ゲームのローカライズはメインビジュアルやロゴをそのまま流用するケースもありますが、個々のタイトルの性質にも依るのでケースバイケースですね。
――そもそも崎前さんが、デザイナーになった経緯を教えていただけますか。
学生時代は、服飾デザイナーになりたくてファッションの勉強をしていました。社会人になってからは、広告系のデザイン事務所でグラフィックデザイナーに。この期間に、基礎的なことを含めデザイナーとして必要なことを教わりました。コンセプトメイキングの手法、ものづくりへのこだわり、プライドを持って仕事に取り組む姿勢などを叩き込まれた気がします。
「100パターンのデザイン案を出してみろ」と無茶ぶりをされることもありましたが、アイデアが出涸らしになった時に、普段の自分では考えもしない様な客観性のある案を思いつくこともあるので、当時の経験は今仕事をする上で確実に活きていると思います。
――SIEに入社したきっかけを教えてください。
広告デザインの仕事をしていましたが、いったんリセットするために退社してフリーランスで活動していました。その時、紹介されてソニー・コンピュータエンタテインメント(現SIE)で働き始めたのがきっかけです。正直、ゲームはそれほど詳しくありませんでしたが、PlayStation®というブランドには興味があったので、いまに至っています。
――現在、デザイン課には何名の方が在籍されているんですか?
アートディレクターが僕を含めて3名、アシスタントのデザイナーが3名。制作進行が1名。そして課長が全体を統轄しています。外部のデザイナーの方に仕事を依頼するケースもありますね。
――仕事のうえで苦労を感じるのは、どんな時でしょう。
苦労というものではないですが、パッケージやポスターはゲームの制作者や宣伝担当など、複数の人間がチェックするので、それぞれの意見をまとめて最終形に持って行くのに難航することはあります。
例えば複数の案を提案した際に、「A案とB案の折衷案で」とお願いされるケースがありますが、そもそもそれぞれの案は異なるコンセプトで制作している場合が大半なので、表面的な印象だけでそれらをブレンドしてしまうと、明らかにコンセプトがブレてしまうと感じることはあります。ただ、第三者の指摘によってよりよい答えが導き出されるケースも多々あります。
あとは、スケジュール面での苦労は常にありますね。日々締め切りに追われていますから(笑)。
◆PlayStation®2『ワンダと巨像』予約ポスター
崎前さんが入社直後に手掛けた、PlayStation®2用ソフトウェア『ワンダと巨像』予約ポスター。「情報量を削ぎ落として、とにかく店頭で目を引くポスターにしたいと考えていました」(崎前さん)
――崎前さんが仕事をしていて、手ごたえを感じるのはどんな時でしょう。
直接ゲーム制作にかかわっている人なら、ゲームがヒットし、多くのユーザーに受け入れられれば喜びを感じるでしょう。でも、いくらアートワークがうまくいっても、目に見える形で成果があがることはめったにないし、話題になることもそうはありませんよね。ですから人からの評価よりは、自分自身がいかに納得したものを作れるかに重きを置いています。
――次から次へと新しいタイトルを担当し、締め切りが続くとご苦労も多いと思います。
もちろん、ある程度の納期が担保されたものに限りますが、手癖のデザインに頼ってしまわないよう、出来る限りたくさんのアイデアを考えるようには心掛けています。
考える手順としては、まず最初に自分が直感的に思いついたアイデアを幾つか形にした上で、「別のデザイナーならどんな提案をするだろう?」と主観から一歩引いてみる。
それらの案のポジティブな側面とネガティブな側面を考慮して、それを補うような案を追加したり、逆にまったく違う切り口を考えてみたり、そういった作業を繰り返して徐々に選択肢を増やしていくことが多いですね。
自分がプレゼンテーションされる側だと仮定した場合、「この中からじゃ選べないよ」というような提案はしたくない。選択肢に幅のある提案ができるようにしたいと思っています。
――それには、アイデアが次々に湧き出るようにしないといけません。崎前さんのアイデアの源泉はどこにありますか?
今になって、10代、20代にインプットしたものってやっぱり大きかったんだなと思います。もちろん今でもいろいろなものを吸収しようと心掛けていますが、結局は若いころのインプットがベースになっているように感じます。
僕の場合、音楽のアートワークや当時の広告デザインですね。そういったものが根底にあり、ビジュアルを作る際のアイデンティティになっている気がします。
――デザイナー志望の方は、若いころからインプットを心がけたほうがいいのでしょうか?
大人になってしまうと、深いインプットができない気がして。多感な時期に、時間とお金をかけてインプットするのはとても大事なことだと思います。
デザインの元になる“思考“がアウトプットの質に直結する
――では、具体的なデザインの話をおうかがいします。ゲームのパッケージを制作する際、崎前さんはどんなことを注意してデザインをしていますか?
個人的にはゲームに限らず、ビジュアルはシンプルで明快でなければ伝わらないと考えています。どうしても「あれも伝えたい」、「これも伝えたい」と情報量が増えてしまう傾向に陥りがちですが、そこを整理し、きちんとプライオリティーをつけることがデザイナーの役割だと思います。
――崎前さんが手掛けるモノは、パッケージ、ポスター、Web用のバナーなど多岐に渡ります。それぞれ役割も見せ方も違うんですよね?
そうですね。首尾一貫して同じビジュアルを使用する場合もありますが、ポスターなどの店頭展開においても予約期、発売期でビジュアルを変えるケースもあります。例えばPlayStatio®3用ソフトウェア『The Last of Us』がそうでしたね。
――そのあたりを詳しく教えてください。
ポスターについて話す前に、まずはパッケージについて説明しましょうか。
僕が担当するころには、すでに海外版『The Last of Us』のパッケージは決定していましたが、国内版のビジュアルの方針はまだ決まっていなかったので、「インパクト」「シリアス」「ドラマティック」「スタイリッシュ」「アクション」「シンプル」など、ビジュアルの方向性を示すキーワードを予め決めて、それに沿った案をそれぞれ提案しました。
もちろん同時にそれらのビジュアルがWebサイトに掲載された場合や、店頭で展開された場合に、どの様な印象を与えるかというシミュレーションも行ないました。
結果的に『The Last of Us』の場合は、海外版と同じビジュアルで進めることになりました。
しかし、完全な流用ではなく、海外版のCG が近くの人物にも遠くの背景にも焦点が合っているパンフォーカスだったのに対し、国内版は2人の人物を中心に焦点を合わせ、奥の背景は敢えてぼかしました。追跡者に脅えるかのような切迫した2人の表情の生々しさを強調したかったんです。
それと色調に関しても少し手を入れています。2人が歩いている水没した部分には、より過酷さを際出せるため寒色寄りに調整し、背景の建物の奥に見える光の周囲には、救いや希望を示唆するような暖色系の色を足しました。
――その後ポスターも制作されたのでしょうか。
発売期のビジュアルは、店頭でユーザーが関連付けやすいよう、パッケージと同じビジュアルが適切だろうと考えました。
ただ、それよりも前の予約期の段階では、敢えて全貌を見せてしまわずに、年齢差のあるメインキャラクター2人の関係性をミステリアスなままにしておきたいと思ったんです。その上でインパクトのあるビジュアルにしたかったので、2人のモノトーンのクローズアップでビジュアルを構成しました。
特に海外タイトルの場合、ゲームの制作サイドが用意するキービジュアルも、それほど数はありません。どのタイミングで、どのビジュアルを使うか、マーケティングや戦略企画の担当者と打ち合わせして決めていきます。
◆PS3®『The Last of Us』予約期ポスター
◆PS3®『The Last of Us』発売期ポスター
◆PS4®『The Last of Us Remastered』ポスター
――PlayStation®3版『ICO』と『ワンダと巨像』がワンパッケージになったHDリマスターBOXも、崎前さんがデザインを手掛けたそうですね。
そうですね。単体のパッケージに関しては、『ICO』、『ワンダと巨像』ともにPlayStation®2で発売されたオリジナル版のアートワークを流用しています。
もちろんその過程においてリニューアルプランも提案しましたが、最終的にディレクターの上田文人さん(現gen DESIGN)の判断で、従来のビジュアルを採用することになりました。
その上で、2タイトルを収納するボックスも新たにデザインする必要がありました。こちらはコレクターズアイテムとしての側面もある商品なので、上田さんのスケッチやコンセプトアートといった、普段表に出る機会が少ない”レアなビジュアル”をふんだんに使用してデザインを構成する、というのがコンセプト。ゲーム制作時のノートやスケッチ、画像を、上田さんから段ボール1箱分ぐらいお預かりして、その全てに目を通しながら気になったものをひたすらスキャンしました。
そして、それらの素材に新たな要素を加えていきながら、丁寧にコラージュしています。ふたつの作品がうまく混ざりあってひとつのビジュアルとして成立してくれればいいなという思いでしたね。
◆PlayStation®3『ICO/ワンダと巨像 Limited Box』
また、店頭用のポスターについてはフォーマットを統一し、2作品が同時に発売され、しかも対であることが一目でわかる、双子のようなデザインを選択しました。
◆『ICO/ワンダと巨像 Limited Box』店頭ポスター
――コレクターズアイテムのようなボックスセットもある反面、現在はダウンロード版ゲームも増えています。デザイナーも発想を変える必要がありそうですね。
今は過渡期ですよね。僕らもオンライン用のアイテムを作る機会が年々増えています。オンラインバナーは、PlayStation®Storeにおいて広告であると同時に、パッケージ的な役割も果たしています。ユーザーさんからどのように見えるのか、サイト掲載時のイメージも検証しながらデザインを進めています。
――改めてお聞きしますが、崎前さんがデザインの仕事をするうえで大切にしていることは?
極端な話、デザイナーは自ら名乗ってしまえば誰にでもなれる職業です。ただ、取り組み方によってアウトプットの質に差があるのも事実です。
最終的にデザインとして表層化した段階では見えなくなってしまう部分、デザインに着手する前のコンセプトの部分であったり。そういった”思考”する部分こそが、アウトプットにも差異を生むと信じていますし、重要だと考えています。
――自らのデザインを磨くために、日ごろから心掛けていることはありますか?
もともと音楽が好きなので、音楽のアートワークは自然とチェックしています。ファッションもそうですね。ファッションの広告はトレンドの動きが早くて面白いので、今どんな写真やレイアウト、タイポグラフィが使われているのかは常に観察しています。
あとは、最近よく日本映画を観ていますね。50年代から70年代くらいの古いものを中心に。仕事には直結しませんが、今観ると刺激を受けることが多いんですよ。
例えば60年代のある有名な映画のオープニングのタイトルバックで、スタッフやキャストのクレジットをポン、ポンと判子で付いていくという演出があるんですが、それが映画の内容とも符合していて、すごくコンセプチュアルで斬新で、そのグラフィックデザイン的なアプローチがとても印象的でした。
10代、20代のころにもお勉強の一環として古い日本映画を観ていましたが、今は楽しみながら観賞できます。歳をとったからでしょうか(笑)。
――では最後に、崎前さんがこれまで手掛けられてきた作品の中で、渾身の一作を教えてください。
まだありませんね(笑)。時間が経つと「こうすればよかった」「ああすればよかった」と、気になる部分が必ず出てきます。それに僕らの場合、常に締め切りに追われていますから、ひとつのデザインに満足している余裕はありません。そこで一瞬の満足に浸るより、今目の前にあるデザインを少しでも良いものに仕上げていければと思っています。
次回、「アソビの遺伝子」は10月25日(火)に公開予定です!お楽しみに!
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