「音をデザインする」。ゲームを構成する大きな要素のひとつながら、実態を言葉で説明することが難しいこの仕事を、「グランツーリスモ」シリーズなどの制作に携わってきたJAPAN Studioのシニアサウンドデザイナー・木村雅男が語る。楽曲、効果音からボイスまで、広範な”音”の数々に組み込まれた”アソビの遺伝子”とは?
「グランツーリスモ」との出会いは“免許を持っていた“から?
木村雅男(きむら・まさお)
シニアサウンドデザイナー
<主な担当作品>
・『ポポロクロイス物語Ⅱ』
(PlayStation®用ソフトウェア/2000年発売)
・『ワイルドアームズ アドヴァンスドサード』
(PlayStation®2用ソフトウェア/2002年発売)
・『DJbox』
(PlayStation®2用ソフトウェア/2004年発売)
・『うお 7つの水と伝説のヌシ』
(PlayStation®2用ソフトウェア/2004年発売)
・『みんなのGOLF ポータブル』
(PSP「プレイステーション・ポータブル」®用ソフトウェア/2004年発売)
・『THE EYE OF JUDGMENT BIOLITH REBELLION 〜機神の叛乱〜』
(PlayStation®3用ソフトウェア/2007年発売)
・『プレイルーム』
(PlayStation®4用ソフトウェア/2014年無料配信)
・『THE PLAYROOM VR』
(PlayStation®4用ソフトウェア/2016年無料配信予定)
・「グランツーリスモ」シリーズ
ほか
──まずは“サウンドをデザインする“というお仕事について教えてください。
サウンドデザインはゲームの”音”全般をディレクションする仕事です。テーマ曲やBGMなどの楽曲であったり、SE(効果音)であったり、ボイスであったり、音響周りを全て統括します。ゲームタイトルにふさわしい音を作り、選び、発展させていくということですね。
──では、木村さんのJAPAN Studioでの経歴を簡単にご紹介ください。
JAPAN Studioには1999年に加わりました。初代PlayStation®の時代ですね。それまでは音楽制作会社に在籍していたのですが、ゲームサウンドをゼロから制作できる環境と魅力に惹かれ、当時のソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に転職しました。
作品としては、『ポポロクロイス物語Ⅱ』にアシスタントとして参加したのが最初です。それから2、3年を経て、リードとしてサウンドデザインを担当させてもらったのが『ワイルドアームズ アドヴァンスドサード』ですね。
『ポポロクロイス物語Ⅱ』(PlayStation®用ソフトウェア/2000年発売)
『ワイルドアームズ アドヴァンスドサード』(PlayStation®2用ソフトウェア/2002年発売)
そこから先はたくさんありすぎて全ては挙げられませんが、PlayStation®2をDJツールにできる『DJbox』や『みんなのGOLF ポータブル』も手掛けました。
『DJbox』(PlayStation®2用ソフトウェア/2004年発売)
『みんなのGOLF ポータブル』 (PSP「プレイステーション・ポータブル」®用ソフトウェア/2004年発売)
直近で主に取り組んでいるのは『グランツーリスモSPORT』と『THE PLAYROOM VR』ですね。
「GT」では『グランツーリスモ2』が最初の参加作品なんですが、そのころサウンドグループ内でクルマの免許を持っている人間がとても少なかったんです。たまたま持っていた僕が「ツインリンクもてぎ」で大規模な取材があるということで、免許を持っているなら運転とクルマの録音を手伝ってほしい! ということになりまして。
あのとき、クルマの免許を持ってなかったら「GT」には関わっていなかったかもしれませんね(笑)。
『グランツーリスモ2』(PlayStation®用ソフトウェア/1999年発売)
『グランツーリスモ4″プロローグ”版』(PlayStation®2用ソフトウェア/2003年発売)
──それ以来「GT」シリーズに深く携わっていらっしゃるんですね?
1998年にポリフォニー・デジタル(「GT」シリーズを手掛けるSIEワールドワイド・スタジオのひとつ)が設立され、「GT」の開発を行なってきたわけですが、サウンドデザインに関してはJAPAN Studioのチームが担当しています。僕がリードサウンドデザイナーとなったのは『グランツーリスモ4″プロローグ”版』からですね。
──手掛けられたタイトルの変遷も見ますと、PlayStation®初期から現在に至ってハードの能力もどんどん向上してゆくわけですが、それによって音作りも劇的に変わってきたという印象はお持ちですか?
昔はやはり搭載メモリが少なくて、その中でどう工夫して詰め込むかという職人的な要素が強くありました。レコーディングした音源の品質を落としたり、生音やシンセ音をサンプリングして、自社開発の専用ツールで音質や容量と格闘しながらサウンドデータを作ったり……。それが現在では生演奏や現場で録音してきた自然音などを、高音質で丸々入れられるので、昔とは考え方や制作手法もだいぶ変わりましたね。
もちろん”できることが多くなった”がゆえの苦労もあります。ボイスひとつ取っても、一枚のディスクに多言語で何万ワードも入っていて、その分コントロールすべき作業も増えました。ですがその苦労に見合うだけのメリットが現在のゲームハードにはあると思います。
「GT」だからこそ。その音へのこだわり
──たとえば「GT」を例に、サウンドデザインの実際の作業をおおまかに説明していただけますでしょうか。
今はノートPCのようなモバイル環境に、音作りに欠かせない各種のソフトや動画素材などをまとめて持ち歩けます。ですから具体的に僕らがこのシーンにどんな音楽をつけたいか、どんな効果音をつけたいか、常に現場で打ち合わせできるようになっています。
昔だと漠然と「あのアニメっぽく」とか、「ピンとかポン」とか口で言われたりもするんですが、そのイメージを具体的に確認する、あるいはそれをさらに越えた提案をするには、実際につくったサンプルをプレゼンするのが一番です。
たとえば画面を操作する際のシステム音ひとつにしても、数種類を用意して、動画と音楽も合わせた状態で山内さん(山内一典。「GT」シリーズプロデューサー)に見せに行って「こういうのはどうですか?」と。その場ですぐに検討できるわけです。
──「GT」シリーズでは、クルマのエンジン音のリアリティも大きなポイントですね。
ええ、それらは原則的に生音を取材して作っています。最新の機材と技術を使い、さらにそこに手を加えるノウハウも蓄積していますが、それはここでは言えませんね(笑)。
──作り手もファンも、「GT」シリーズに携わる方は本当にクルマを愛して止まない方ばかりなので、やはり音に関して突っ込んだ指示や意見もあるのでしょうか。
ええ、それはもう。最近特に顕著なのは、クルマメーカーさんからの鋭いご指摘です。やはり自社の製品ということで、格別のこだわりをもっていらっしゃるため、設計責任者の方と何度もミーティングして、「うちのクルマのエンジンは、もう少し高音が出ているね」など、細部にまでご意見をいただきます。
『グランツーリスモSPORT』(PlayStation®4用ソフトウェア)
なかには「他のゲームではここまでチェックしないんだよ、『GT』だからやるんだよ」と言ってくださる方もいます。
やっぱり、その熱意がうれしいですよね。もちろんシリーズ当初からメーカー各社の承認は受けているんですが、最近はそういった深い要請も増えています。
複数のマイクで録られたマルチチャンネルの音源から最適なバランスを探ったり、高音域や低音域をどこまで強調するか試行錯誤したりして、よりリアルな、そのクルマの音になるよう努めています。
──実車の音を録っていくというのは、膨大な作業量のように感じます。
もちろん中には取材が難しい車種もあって、いわゆるレーシングカーなどにはエンジンをかけられる状態にないものも存在し、その場合は資料から音源を作ったりすることもあります。
しかし、現存していてオーナーさんがいらっしゃるようなクルマであれば、できる限り交渉して録らせていただくようにしています。そんな取材を僕らは1000車種を軽く越えるくらい経験していますから、「このクルマならあの人が持ってるはず、あそこへ行けばあのクルマがある、それならまた交渉して録音させてもらおう」といった”つながり”にも助けられています。
──録音する際の機材のセッティングは、車種によって変わるんでしょうか?
そうですね。単純にエンジンが後ろにあるか前にあるかによっても変わりますし、どのマイクをどこに配置するかもクルマごとに違います。このあたりはポリフォニー・デジタルの海外スタッフも交えて検証して、ノウハウを得ています。
──生音を録音してから、それをゲームに落とし込む調整というのは具体的にどのようなことをされているんでしょうか。
いろいろありますが、たとえば排気音を狙ったマイクにエンジン音のメカノイズが多く混じっているとか、エンジン音にターボ音やスーパーチャージャー音が入っているのをいったん分離して素材として再構築するような作業ですね。
それを行なうには、クルマの構造を熟知している必要があります。そういった知識がゲームタイトルごとに要求されるわけですから、本当にあらゆる音に対して敏感になり、音に興味を持つ姿勢でいなければなりません。
例えば『みんなのGOLF』を担当しているスタッフは、クラブやボールの違いによってどう音が変わるかをいろいろな組み合わせで実際に検証してますし、僕らもそのような取り組みはよくやっています。その一例をご覧いただきましょう。
“音“を求めてクルマを破壊!
「GT」以外にも、音を取材するために外へ出て行くことは多いんです。これは特にゲームタイトルとは直接関係ないんですが、こんなこともやりました。
──スタッフのみなさんが花火をバンバン破裂させて、それを録音している状況ですね。
こうやって野外で花火を鳴らしてその音を録音するとか、取材で録った音を共通のライブラリにしつつ、録音技術のノウハウも蓄積しています。あとこちらでは、廃車処理場に実際に行って……。
──みなさんハンマーなどを持ってクルマを壊しまくっていますね。
どの部分をどう叩いたらどんな音がするのか。女性の力で叩くときと、男性の手でハンマーを振り下ろしたときの違いはどうか。それを実際に検証し録音しています。
これは僕自身が廃車処理場に電話交渉したんですが、5、6件当たって、1件だけご理解のある方がいらっしゃって、現場に行ってみたら「もう、いくらでも壊してくれていいよ」って(笑)。
でも実際に壊せたのは2台くらいでしたね。人の手でクルマを壊すのには限界があるな、と。ゲームのようにはいきませんね(笑)。
ミーティングの繰り返しが“音“を決める
──例えば「GT」は、シリーズとしてのトータルイメージが確立されていると思うのですが、新規タイトルでゼロベースから音を作る場合はどのようにされるのでしょうか。
やはりここでも重要なのはミーティングです。とにかく”何度も何度も”ですね。その中でディレクターやゲームデザイナーの意向を引き出して、さらにそこに自分の感覚を入れていく。
打ち合わせ内容にできるだけ沿った案、イメージを変えた別案、それをミックスしたものをそれぞれ用意して、ミーティングを経て最終的にどう落とし込むかを固めていきます。
──そのミーティングには、プロデューサーさんやディレクターさんなどが、ある程度ビジュアルや世界観を作り込んだ資料などを持ってこられるのでしょうか。
それもタイトルによりますね。場合によってはすでに絵があって仮音までついているものもあります。ただ、その場合は制作側がそれに引っ張られちゃってることもあるので、ガラリと雰囲気を変えるのは難しいケースもありました。
逆に世界観が固まりきっていない状態で提案して、「イメージと違う」と言われたりもします。じゃあ、そのイメージをください! と思わないわけではありませんが、そういうときはこちらで新しい音を作ってプレゼンする、その繰り返しです。
最新技術も見据えた音作りへの取り組み
──技術的なお話になるんですが、サウンドは現在どのくらいの音質で録音されているのでしょうか。
サンプリング周波数とビットレート(ともに録音された音源の品質を示すのに重要な数値)で言えば、以前からモノによっては192kHz/24bit、あるいは96kHz/24bitといった、いまで言う「ハイレゾ」クオリティで録音しています。
現時点では高品位なサウンド規格やサラウンドなどの音響技術においてはゲームのハードやソフトが追いついていない点もありますが、新しいテクノロジーや機能には常に敏感になっていますね。
特に『THE PLAYROOM VR』を通じてVRでの音作りを研究する中で、視覚と聴覚の同期や音の遷移、プレイヤーがリアルにゲームの中にいるという「空気感」の表現、気持ちよさや感情の起伏を揺さぶる音への取り組みが重要視されつつあります。
──よく音楽制作関係者は「原音を届けたい」、「スタジオで録った音と想いをそのままユーザーに味わってほしい」ということをおっしゃいますが、ゲーム音響でもそういった想いをお持ちでしょうか?
なるべくいいスピーカーやヘッドホンで聴いてほしいという気持ちは当然ありますが、ユーザーの方のプレイ環境は様々ですし、やはりどんな環境でもみなさんがゲームを楽しんでいただける音がいいですね。
操作しているときにプレイヤーが「あれ?」と違和感を覚える音ではいけない。ゲーム全体の中で役割を果たしながら、そのうち数ヶ所でも「ニヤッ」としてもらえる音を提供することができればと思っています。
ゲーム性にもよりますが、音だけが前に出ててもよくないですから。ゲーム全体の楽しさを引き出すものでありたいですね。
──それでは最後に、ゲームサウンドに興味のある、あるいは今後、ゲームサウンドを手掛けたいと考えている読者のみなさんにメッセージをいただけますでしょうか。
大事なことはゲームに限らず”音”全般を好きになるということですね。「ゲームの音」「ゲームの音楽」という先入観を持たないこと。
僕も日常で面白い環境音や音楽があればつい耳をそばだててしまうことがあります。ゲームの音を作ってはいるけれど、ゲームに固執しているわけではありません。音楽でも自然音でも、”音”そのものを受け入れ、作品にどう取り入れられるか? どうやったらその音を作れるか? など、ふと思考を巡らせることが大切だと思います。
JAPAN Studioのサウンドチームは、みんな音が大好きでプロフェッショナルな集団です。そんな中から生まれる、ひと味もふた味も違う作品にこれからもご期待ください。
次回、「アソビの遺伝子」は10月11日(火)に公開予定です! お楽しみに!
©2003 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by Polyphony Digital Inc.
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©2002 Sony Interactive Entertainment Inc.
©2004 Sony Interactive Entertainment Inc.
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