『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』――大いなるローカライズの冒険

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『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』――大いなるローカライズの冒険

PlayStation®ファンのみなさん、こんにちは! 『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』のローカライズディレクターのジャネット・スーです。今日は本作のローカライズ作業について話したいと思います。英語版の発売は当然ながら、ここまで美しくHD化されたPlayStation®4版を提供出来ることも夢にも思わなかったので、とっても光栄です。

先日、海外メディアの取材記事で、「大逆転裁判」のローカライズコンセプトとして掲げた「Authentic, yet Accessible」(本格的でありながら、親しみやすい)について語りましたが、もう少し具体的な例を紹介したいと思います。

ゲームのローカライズは医学や法律の翻訳と違って、芸術的な作業と言えるのでは? と昔から思っていました。原作の言葉を忠実に翻訳しながらも、ユーザーの感情を揺さぶる表現を選ぶという仕事だからです。ローカライズっていうと簡単そうに聞こえるかもしれないけど、なかなか難しい作業なんです。どんなゲームやエンタテインメントにも、それぞれ要求と課題があります。例えば、まずはゲームのジャンル特有の事象やユーザーの知識レベルなどを意識しなきゃいけません。そして、時代によって一般常識的な考え方も変わります。なので、「Authentic, yet Accessible」の「何が“本格的”なのか?」と「それとの“親しみやすさ”とのバランス」も変わってしまいます。

先日、夏目漱石の「吾輩は猫である」の英訳版を読んだ時に驚いたことがありました。 “車屋の黒(クロ)”という猫が狩ったネズミについて、亭主が“a penny a tail”(1匹につき1ペニーもらった)、“about half a crown”(半クラウン近いお金になった)と言いました。この翻訳版は1972年に出版され、ネットのない欧米人向きのイギリス英語訳でした。おそらく、当時の考え方だと、舞台は日本だけど、お金の価値観をより分かりやすくするため、日本円もイギリス通貨にローカライズしていることは普通だったと考えられます。しかし、現代の翻訳者なら時代に合わせて日本円のままにするという風に考え方は変わりました。イギリス通貨に翻訳されていたことは日本の“当時の本格感”はちょっとなくなりましたが、出版してから40年が経ち、ヴィクトリア朝の時代劇で馴染んできた今の私にとってはポンドにしてくれていたことで理解しやすかったわけです。だって、日本語で読んだときに、1銭や1円50銭と言われても価値観が分かりませんでした。きっと日本人の方でもピンとは来ないのではないでしょうか。こういったローカライズの考え方は“本格感”より“分かりやすさ”を重視する一つの例ですが、どの翻訳でも、こういう判断を一行一行に下す必要があるのです。

話は変わり、漱石さんは自分の作品がこういう風に英訳されていることに文句はないハズだと思っています。なぜなら、とある都市伝説(かも?)にもありますが、彼自身こういう考え方を抱いていたのではないかと考えられるからです。「大逆転裁判」の「番外編」の第6話にこういった話が出てきます。

え? 龍ノ介の返事は何かおかしいかな?
それでは漱石先生に聞いてみましょう!

確かに、ホームズさんが言った通り、”月が綺麗ですね”は”愛している”とは全然違う表現ですよね。だが、教科書通りの和訳になってない理由がちゃんとあったらしいのです‥‥。

確かに“No!”ですね! なぜなら、翻訳する際にはそれぞれの言語の文化を含めて考えなければなりません。なので、単純に「愛している」という表現では当時の日本人にとってはストレートすぎて、不自然なので、当時の日本人のセンスに合わせる必要があって、より婉曲的で詩的な言い方にしなきゃいけません。そうすると、本来のロマンティックなニュアンスもうまく伝わります。このような“本格的”と“わかりやすさ”のバランスもありますね。

実は、この会話の中にもう一つ気になる箇所があります。ローカライズ話のなかにさらにローカライズの工夫が見えます。

英語版のセリフで龍ノ介の答えは「“愛している”や“好きです”」になっていますが、本来なら当時に合わせて古い表現での「我、君ヲ愛ス」となっても自然ですよね。英訳の中に日本語表記を入れるなら、なぜわざわざ「”愛してる”や””好きです」にしたのでしょうか? それは概ねふたつの理由からになります。

1)日本語ネイティブや漱石の大ファン以外の、アニメや学校で日本語を勉強した人にもわかる簡単な日本語にしたい
2)この後の日本語ダジャレを日本語が全く分からない人にも楽しんでもらうため

自分のわがままで今作はどこまでも“本格感”を守りたかったから、日本語の何かにしたかったです。そして、あのセリフの後の流れを見ると、原作の「好き」と「月」の日本語ダジャレを日本語知識ゼロのユーザーにも理解するために何かの説明が必要で、あのホームズのダジャレのセリフの一行のため、龍ノ介のセリフを伏線として利用しました。ちなみに、「愛している」の使い場所はもう少しこのあとに‥‥(正直にいうとこの一話は最初から最後まで悪夢のようにダジャレだらけで、翻訳を始める前にすべてのジョークの伏線とつながりを照らしあわせしなきゃいけなかった、いったい何故こんなシナリオにしてくれたんだ、巧さぁぁぁぁぁん?!? ><;)

こういったジレンマのなかにもうひとつ、大きな課題がありました。それは「Phoenix Wright」の存在です。すでに知っている人も多いと思いますが、逆転裁判シリーズの英語版の主人公は「フェニックス・ライト」というアメリカ人です。そう! 舞台も丸ごとアメリカのカリフォルニアになっています。なので、今回の龍ノ介に対してふたつの大きな課題がありました。

1) 名前をどうする?
2) Phoenix Wrightとの関係性とは?

もちろん、バランス的に、“本格感”より“わかりやすさ”を重視して、今度もアメリカ人にする選択もありましたが、「大逆転裁判」のストーリーにとって、龍ノ介の国籍と彼が日本人であることはとっても大事なことだったから、私の趣向もありますがRyunosuke Naruhodoのままにすることが当然だと思いました。私がアジア系のアメリカ人として生きてきたこともあるからかもしれませんが、多文化の国に住んでいるフェニックスに日本のルーツがあるという設定に違和感を感じませんでした。

ということで、いろんな作品のローカライズを比べたくても、比べにくいところもありますよね。ニーズや目的に応じて、時代、文化、翻訳者の考え方やタイトルの事情によって様々なアプローチが必要になります。実は、ローカライズという作業は意外なところにもあります。海外テレビ番組の「日本版」やシェイクスピアの「現代訳」なども、ある意味では「ローカライズ版」と考えられますよね。

‥‥って、もう長い講釈は十分?
はい、わかりました! では、ゲーム中の具体的な例をもっと見てみましょう!

日本語英語
■ナルホド‥‥あの。ホームズさん。これ、なんですけど‥‥■Ryunosuke Um, Mr Sholmes, what do you make of this?
■ホームズしッ! 黙って。■Sholmes Shh! Quiet!
■ホームズ‥‥ボクはね。スイリに夢中になると、なにも目に入らなくなるのですよ。■Sholmes When I’m ruminating in the course of my deductions,nothing must disturb my mind.
■ナルホドあ‥‥す。スミマセンでした。■Ryunosuke Oh… So sorry…
■ホームズ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥カレーライス、かな。■Sholmes………Ah, an Indian curry, perhaps…
■ナルホド (‥‥ヒルごはんの献立を スイリしているみたいだな)■Ryunosuke (What’s he ruminating about?The lunch menu?)

この会話のポイントは「カレーライス」が「インドカレー」になったことですね。インドカレーとした理由は単純に言うと、より“リアル”に近づける、そして英語圏の人にとって違和感をなくすためです。でも、それだけではありません。この会話を英訳したときに、翻訳者(イギリスの方)から「ホームズはあまり言いそうにないセリフだね」というコメントをいただきました。なぜなら、カレーライスは欧米の人にとっては「日本料理」の枠に入っています。だけど、日本人にとってカレーライスは一般的には「インド料理」の枠に入っているでしょう? なので、言葉通りに訳すと間違った印象でユーザーに伝わってしまうし、英国人のホームズというキャラクターにとっても不自然なセリフになります。ここに、カレーライスの背景が役に立ちました。歴史的にいうと、カレーライスは明治時代にイギリス人によってインドから持ち込まれた料理から生まれたそうですよ。なので、英語版ではカレーライスのルーツにある「Indian curry」(インドカレー)にしました。

もうひとつ別の例です。今回はよりイギリス文化を補うためのローカライズの事例です。

日本語英語
有罪、無罪、有罪、無罪、有罪、無罪、
有罪、無罪、有罪、無罪、有罪、無罪、
Nibble nobble guilty bobble, nibble not guilty out.
Nibble nobble guilty bobble, nibble not guilty out.
‥‥おそらく。『花うらない』のようなものではないでしょうか。…Perhaps it’s akin to fortune-telling with flower petals like people do back home?
(ドビンボー博士の運命が、1本の ’もろこし’にたくされるとは‥‥)(So Professor Harebrayne’s fate is to be decided by a cob of corn…)

イギリスの小学校などでよく聞く「Ibble obble」という数え歌と「nibble」(少しずつかじる)の言葉とのアレンジソングを唄いながらトウモロコシを食べている少女のセリフです。日本語の場合は確かに花占いのように「有罪、無罪」を繰り返しているけど、こういうローカライズで、よりイギリス感を演出しながら、スサトちゃんと龍ノ介の反応にも噛み合うわけわからない歌になりました。ちなみに、日本の花占いは海外にもありますよ。フランスから拡大した「effeuiller la marguerite」というゲームは日本の花占いとそっくりです。日本とのつながりもぜひ調べてみてねー!

イギリス文化といえば、今回のすばらしい英訳自体にもその本格感を出したかったんです。そこで優秀なイギリス人のおふたりに翻訳をお願いしました。どんなに憧れてても、アメリカ人の私ではイギリス文化をちゃんと補足することはできないからですね。プロジェクトの最初から彼らに自由に翻訳をお願いして、私がよりグローバルな目線から文法、文化調整などの判断を相談しながら行いました。(イギリス英語は発音だけではなく、文法やつづりまでアメリカ英語と違うところがいっぱいあります!)なので、今回の翻訳にはイギリス英語ならではの独特なユーモアがたっぷり入っています。

その裏面で、日本舞台になっているエピソードをより本格的にするため、日本語の画像などはそのままに残した上、現代のハードだからこそ対応できた「証拠品字幕システム」を特別に実装しました。法廷記録の証拠品の中で読める文字にマウスオーバーすると、英訳が字幕として表示されるようになっています。

なお、明治時代の和洋の文化が交じり合った感じを出すため、いろいろ工夫しました。例えば、日本人である龍ノ介たちが新しいものと出会う際に、馴染んでいる日本の何かと比べるときに使う単語を日本語のままにしました。また、彼らが日本語で話すときには「~san」で呼び、英語で話すときに「Mr」や「Miss」を使うことで区別することにしました。例えば、「Naruhodo-san」で呼ばれているセリフは“日本語”であり、「Miss Susato」は“英語”で会話しているというイメージですね。説明もなくこの手法が使えるのは、今の海外ユーザーもこれぐらいの日本語知識を持ってくれているから、今作の英訳には利用できました。時代性を感じますね‥‥。

時代といえば、今作の英訳も時間を巻き戻して、ヴィクトリア朝風なイギリス英語になっています。これは日本語版の書き方からヒントをいただきました。

昔の漢字表現に現代の読み仮名をふって、明治時代を味わいながらも、負担にならないセリフになってますね。そして、龍ノ介の口調である「~かしら」の使い方も興味深いと思います。現代の男性はほぼ使わないけど、明治時代では誰でも普通に使っていた表現だそうで、「大逆転裁判」でも使っています。(今回の日本人スタッフから「“~かしら”はおかしいのでは?」というバグ報告を受けたぐらい違和感を感じたらしいけど、「日本語文化の仕様です!」で返した私には不思議でした(笑))

「大逆転裁判2」が発売された後に、巧さんが取材でこの辺りについて語っていましたが、やっぱり本格的な明治の文章にすると硬すぎるので、「らしさ」を目指して表現しました。英訳を始める際に、英語でも同じことが起こるだろうから翻訳者と一緒になって「大逆転裁判」の“ヴィクトリア朝風なイギリス英語”のスタイルを作りました。当時の単語に制限したり、正体がわかっていないキャラクターの三人称を現代の「they」を使わず「he or she」の書き方にしておくなどの工夫をしました。なお、日本語の名前も当時の順番(下の名前・苗字)にしたこともこういった理由です。

実は、ローカライズする際にもう一つ課題がありました。「Ryunosuke」や「Asogi」のスペルです。ローマ字にする方法はいくつかあるので、どれを使用するか翻訳者と相談して、日本政府も使用している、音がしない文字をカットする「修正ヘボン式」(別名:「標準式」)を選びました。なぜなら4つの大きなメリットがありました。

1) 文字数を減らすことができる
2) 日本語知識がない人にも読みやすさ・発音しやすさがある
3) フォント対応問題を避けられる
4) 画集などですでに使用しているスペルもあるので、原作の開発者の意図に従える

1に関して、単純に考えると、「Ryuunosuke」や「Asougi」と書くより、一文字でも減らせるなら、他の単語に文字数を割けるようにするための節約工夫です。そして、2に関して、日本語がわからない人に対して、「u」の役割は前の母音を伸ばすことではなく、普通に口にすべきと思ってしまうと全然違う発音になります。

3は少し理解しづらいかもしれないけど、「Ryūnosuke」や「Asōgi」のつづりも確かにあるのですが、長音記号・発音記号に対応していないフォントもあるので、どの場面でも使えるつづりにはなりません。特にアジア言語のフォントは欧米言語の文字対応が不完全な場合もあります。今作の英語版でメッセージウインドウ中にエンダッシュ(記号)が使いたかったものの起用したフォントにはエンダッシュがなく、エンダッシュのあるフォントをどれだけ調べたかは聞かないでください‥‥(泣)ローザイクの英語名もちゃんとしたフランス語スペルの「Esméralda」をあきらめて「Esmeralda」にしている理由も同じです。

UI調整はほかにもいっぱいありますが、最後にもうひとつの例を紹介したいと思います。

テロップのタイプライター演出周りはかなり調整しました。日本語版では文字数が少ないため、めっちゃゆっくりでタ・タ・タ・としていたけど、英語版の場合は見ての通り文字数が爆発的に多いですね。そこでテキストの表示速度を気持ち上げましたが、今度はまた新しい問題が出てきました。はい、そのタ・タ・タ・の効果音です。速度調整による文字と文字の間の尺が変わったので、英語版専用の効果音も作りました。耳がいい人はぜひチェックしてみてねー!

いや~、今日はいっぱいお話ししましたけど、ローカライズという仕事は本当に興味深いですよね。英語勉強のためだったり、単純に興味をひかれて気になったという方も、『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』を英語版でぜひプレイしてみてくださいね。7月29日にPS4のなかでお会いしましょう!

では、またね~!


大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-

・発売元:カプコン
・フォーマット:PlayStation 4
・ジャンル:大法廷バトル
・発売日:2021年7月29日(木)予定
・価格:パッケージ版 希望小売価格 5,489円(税込)
    ダウンロード版 販売価格 4,990円(税込)
・プレイ人数:1人
・CERO:B(12才以上対象)


『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』公式サイトはこちら

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※画面写真は開発中のものです。

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