この特集でこれまで紹介してきたとおり、心に突き刺さる物語や、特徴的なゲームギミックが話題となったPlayStation®4『ライフ イズ ストレンジ』(以下『LIS』)および『ライフ イズ ストレンジ ビフォア ザ ストーム』(以下『ビフォア ザ ストーム』)。ストーリーはもとより、「LIS」シリーズの世界観そのものへの没入感の高さも高評価の一因ですが、我々日本人が海外タイトルを気軽に楽しめるのは、丁寧なローカライズがあってこそ。
ローカライズの質で高評価を得たタイトルと言えば、5月25日(金)に発売された『Detroit: Become Human』(以下『Detroit』)もその1つ。『Detroit』は、人間と姿かたちがそっくりなアンドロイドが普及した近未来を描く作品で、アンドロイドは人間の指示に従う”物”として扱われています。そんななか、自意識が芽生えたアンドロイド”変異体”が出現し始め、世界が混乱に包まれ始めます。自我が芽生えた”人とそっくりな機械”は、はたして”物”なのか”生命”なのか……そんなテーマを扱った物語は、多くのプレイヤーを感動の渦に誘いました。
プレイヤーの選択によってその後の物語の展開が変化するのは『LIS』と『Detroit』の両方に共通する点でもあり、自分だけの物語を体験しているという感覚を与えてくれます。もちろんゲームの手触りなどは違いますが、こだわり抜かれたローカライズを体感できるのは『LIS』も『Detroit』も変わりません。そこで今回は、「LIS」シリーズのローカライズを担当した西尾勇輝氏(スクウェア・エニックス)と、『Detroit』のローカライズを担当した谷口新菜(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の対談という形で、ローカライズの裏側を紹介していこうと思います。
※なお、クリティカルなものはありませんが、『LIS』、『Detroit』ともに微量のネタバレが含まれる点にはご注意ください。
ただの”吹き替え”ではなく、キャラクターとして認識してもらうためのローカライズ!
――まず、ローカライズのことについてあまり詳しくない方のために、お2人がどのようなお仕事をなさっているのかを教えてください
谷口新菜:皆さんが思い浮かべる日本語訳のほかに、スケジュールを調整したり、予算管理をしたり、PRとかをやっている仕事ですね。以前はだいたい1つのタイトルを1人の担当者が回していたのですが、弊社では4年ほど前から役割をはっきり分けているんですよ。「自分の得意なことに特化してやりましょう」ということになって、プロデューサー……いわゆるスケジュールや予算管理などをやる人と、私みたいに翻訳や収録を手掛けるローカライズスペシャリストに分かれました。
西尾勇輝氏(以下、敬称略):SIEさんは役割をしっかり分担してますけれど、今でも1人が全体的に見ている会社さんが多いと思います。ただ、僕はじつはそれ、ちょっと苦手なんですよ(苦笑)。例えば予算管理とか、数字とにらめっこするのは苦痛でしかなくて。
谷口:えっ、じゃあやってないの?
西尾:いや、やってるんですけど、基本的には赤石沢(※赤石沢賢氏。スクウェア・エニックスのローカライズプロデューサー)にお任せというか……。赤石沢と相談して、全体の予算ができあがってからは1人でやる感じかなあ。
谷口:PRとかは?
西尾:PRに関しては専門の宣伝担当がいます。もちろん『LIS』や『オーバーウォッチ』は、僕からも「こうしませんか?」というアウトプットはします。でも、基本的にはお任せしてますね。
谷口:私も面倒なことは石立(※石立大介氏。SIEのローカライズプロデューサー)にお願いしちゃったりしてますね。ローカライズって、どうしても集中しないとできないので。
西尾:ほかの会社やローカライズの方がどうかはわかりませんが、僕と谷口さんが似てるのはそこですよね。
谷口:意外とみんな違うのかなと思ってたよ。
西尾:少なくとも僕は同じタイプですよ。なので、一度大枠が決まったら集中できる環境を会社のほうで整えてもらっている……というか、僕が駄々をこねて、やってもらっているという感じ。
谷口:私は駄々こねてないからね!?
西尾:なんといっても、スペシャリストですからね(笑)。
――翻訳作業中は、対外的なことよりも作品へ集中したいということですね
谷口:そうですね。感覚的にはクリエイター側に近いのかなと思ってます。
西尾:そうありたいですね。ただ、僕は名刺上の肩書がアソシエイトプロデューサーなので、本当は外側も管理しなきゃいけないんですけど、なかなかゲームの中身を見だすとそこまで手が回らないですよね。
谷口:忙しすぎてね。とてもじゃないけど全部は見られない。
――キャスティングなどの予算なども自分でコントロールしているんですか?
西尾:ある程度はやっています。キャスティングだけじゃなくて、ゲームである以上、QA(品質管理)でもお金は必要になります。開発スタジオと僕らローカライズチーム、あとは協力会社さんとの間で、総合的にどれくらいお金がかかるかを事前におおまかに見積もったうえで、キャスティングとスタジオ費とか含め、吹き替えの予算や、QAの予算を決めていきます。
谷口:弊社では予算周りは石立がやっていますね。私たちは完成した作品をローカライズするのではなく、オリジナル版の開発と並行してやるので、予算の見積もりが難しいかもしれないです。開発が進んでいくうえで、当初見積もっていた金額を越えちゃったり……。
西尾:同発(※全世界同時発売)の作品を扱う場合はよくありますね。
谷口:もちろんこれ以上は増やせないよ、というラインはあるんですけど、私はその中でも自由にやらせてもらってるかも。クオリティを追求するという点でも、ある程度自由が利くのはありがたいです。
――ローカライズ担当者の方々によると、それぞれのローカライズには色があると聞きますが、そういう個性ってわかるものなんですか?
谷口:私は、西尾さんはすごい特徴的だと思うんだけど。
西尾:僕は谷口さんのほうが特徴あると思ってますけどね! 谷口さんと本間さん(※本間覚氏。『ウィッチャー3』などのローカライズを担当)は見たらわかるかな。
谷口:えっ、本当に!? でも私たちはスタイルがぜんぜん違うよね。
西尾:それはそう思います。
谷口:西尾さんはキャラものが得意な印象ですね。『オーバーウォッチ』とかを見てると、ああいうアニメっぽい風味を加味したデフォルメ感がうまい気がする。個性付けの度合いが、写実に寄せたっていうよりは、アニメっぽく記号化させたような。しかも個性付けがキャラクター毎にそれぞれ違うから、多彩なフレーバーがでるんですよね。
西尾:ありがとうございます! 谷口さんは、セリフの間の取りかたがすごい独特で、それが素敵だなって思うんですよね。会話の中で起こる”間”が、独特かつ雰囲気のあるものに仕上がっているかなと。1つのシーンの見せ方って洋画とゲームじゃ違うし、いくらフォトリアルにゲームが寄せていたとしても、ゲーム独特のものってあると思うんですよね。
谷口:途中でインゲーム(※プレイヤーが操作できる部分)が入るからね。そのぶんシネマティックシーン(※プレイヤーが操作できない、いわゆる「ムービー」部分)の作りも変えなきゃいけないので。
西尾:そうそう。シネマティックシーンに限らず、ゲームの中でのキャラクターたちの会話や間の取りかたっていうのは、谷口さん独特の雰囲気が出てるなって思いますよ。「アンチャーテッド」シリーズや、クアンティックドリーム(※『Detroit』の開発会社)作品に顕著だなと。
谷口:ありがとうございます(笑)。逆に西尾さんがやっている表現方法は、やっぱり西尾さん独特のキャラメイクが反映されている。
西尾:昔から、洋ゲー=洋画吹き替えっていうイメージが強いなか、もうちょっと別の方向性があってもいいんじゃないかと思っていたんです。『オーバーウォッチ』はそこが顕著だと思うんですけど。『LIS』はまたちょっと別で、洋画っぽい部分もありますが、別の方向性を意識しているのは変わりません。
谷口:アピールの仕方がおもしろいよね。
西尾:『LIS』も何も考えずにやると、たぶん平凡な洋画になっちゃうと思うんですよ。そこがちょっと嫌で。
谷口:洋画に寄せようとした場合、その人独自の持ち味がないと、ものすごく”普通”になるんですよ。物語や役柄に関わらず同じように聞こえてしまうので、そうならないように日本語で物語を描くのは、ある意味難しいかも。
西尾:『Detroit』を日本語でプレイしたとしても、やっぱりコナーはコナーじゃないですか。『ビフォア ザ ストーム』においても同じように、クロエはクロエであってほしくて。単に”英語版Chloeに日本語ボイスを乗せただけ”って感覚を抱かれるのはちょっと避けたい。だからといって、過剰に味付けしているわけではないですけどね。
谷口:洋画寄りなら洋画寄りなりに、キャラを立たせようとはちゃんと考えています。例えば『Detroit』っていろいろなキャラがでてくるんですけど、1シーンしか出てこないキャラでもものすごく重要だったりする。そういったところで普通の訳をしてしまうとキャラが埋もれてしまうので、それぞれのキャラに自分なりの味付けをしていこうとは思っています。
――自分のなかでそのキャラクターを解釈して、新たに生み出しているような感覚でしょうか?
谷口:まあそれに近いですかね。その私のなかの解釈というのが「合っているのかな」と思うときはありますけど、『Detroit』のクリエイティブディレクターを務めるデビッド・ケイジと話して「こういう解釈であってるよね?」と確認しながら軌道修正しつつ、世界観を作り上げていく感じです。
――『Detroit』は魅力的なキャラクターが多いですが、なかでもハンクが印象深かったですね。
谷口:ハンクは私が個人的に一番大好きだったので、思い入れもあるかもしれません(笑)。ただ、(登場人物にアンドロイドが多い中で)人間としては登場頻度が多いキャラクターなので、人間的な特徴を出したかった。逆にコナーは3体の主役アンドロイドのなかでも一番機械寄り。変異したアンドロイドの事件を捜査するので立場としては人間側だけど、機械っぽいキャラなので、そのギャップをしっかり際立たせようと思っていました。西尾さんもそうだと思うんですが、私はキャラのセリフでは一人称とか語尾にこだわりを持っているんです。
例えば、キャラに「私」って言わせるのか、「僕」って言わせるのか「俺」って言わせるのか。あるイベントや心情の変化を通して、一人称が「僕」から「俺」になるとか。コナーがいい例で、「僕」と「私」を使い分けているんですけど、相手との関係によって変化したり……。コナーはハンクとの友情という間柄を表すために、特定のルートに入ると一人称が「私」から「僕」に変わるようにしました。そうすることで、彼らの関係の深まりを表現したかったんです。
ほかにも、マーカスは最初「僕」で、途中から「俺」に変わるんです。でも、その変わるところも英語だと「I(アイ)」は「I」なので、英語の表記の中には変わるきっかけはありません。じつは、最初にマーカスのトレーラーを出したときは、全部「僕」で録っていたんです。だけど、台本を書いていくうちに、ここはもう「僕」じゃなくて「俺」だなって感じるようになりました。でも、最初のカールと話しているところは「僕」という印象が強い。じゃあ「僕」から「俺」に変わるのってどこだって、一カ月くらい悩んでましたね。一度決めても収録しているうちに違和感があって録り直したこともありました。
――変わるのはジェリコのリーダーになるときでしたっけ? その後、カールと再び会う際などは「僕」に戻りますよね。
谷口:カールの前では必ず「僕」ですね。マーカスにとってお父さんのような人なので「僕」しかないなと。そういうこだわりは、私たちの立場では気にする人は多いと思いますよ。
西尾:そうですね。ただ『Detroit』ほど、1つの物語のなかでガラリとキャラクターの性格が変わる、成長するタイトルってなかなかないと思います。初めは絵に描いたようなアンドロイドのコナーが、より人間らしくなっていく。あそこまで劇的に変わっていくキャラクターってゲームではあまり見かけないから、そこは『Detroit』ならではの苦労って感じがしますね。実際、一人称は僕も最初に悩むところではあります。クロエの場合は「わたし」じゃなくて「あたし」なんです。逆にマックスやレイチェルは「わたし」なんですけど、それも最初すごく悩んでいました。最初に一次翻訳があがってきたときは、みんな「わたし」になっていたものの、クロエはなんか違うなと思って、「あたし」になっていったんですよね。クロエの口の悪さをどうやって日本語で表現するかっていうのがとても難しかった記憶があります。
谷口:私、訳がマイルドになるって言われるんだよね(笑)。原文を聞いて、「もっと汚いじゃん」っていう人もいるんですけど、私は日本語ってそういうものじゃないと思っていて……。
西尾:僕もそう思います。それはもう言語としてしょうがないと思うんですよね。
谷口:例えば原語で「F***」を連発していたからといって、日本語で「クソ」を連呼させればいいのかっていうと、でも日本語でそうは喋らないでしょ? っていう。汚い言葉はキャラの印象にも大きく影響するし。
西尾:「F***」って便利ですよね。あと「S***」と「M************」だけは、なんて便利な言葉なんだろうって思う(笑)。日本語では再現できないんですよ。そんな喋り方をする人って、どんなに口が悪くても日本にはいないので。吹き替えだとその演技のときに悪態をついてもらうとか、ちょっとトゲをつけてもらうという方向性にせざるを得ない。まあ、それでも日本語版のクロエも相当口が悪いですけどね。
谷口:英語って「F***」だけで喋れるからね(笑)。
西尾:なので、開発が作りあげたキャラクターを日本版で再現するにあたり、いろいろ考えますね。一人称を悩むのはよくわかる!
谷口:最初にキャラクター資料などをもらったときに、いかに自分のなかでキャラ構築ができるかだよね。はたしてディレクターと同じ意識レベルになっているのかという点はいつも悩みますけど。
――口調以外にも、キャラクターによって単語の選び方などに気を付けることもありますか?
谷口:コナーはとくにそのタイプですね。とにかく説明口調になる単語を選ぶ感じ。カーラとマーカスはそこまで極端ではないです。マーカスの演説のときだけは演説っぽい口調にしましたけど、それ以外は普通に。
西尾:言葉選びは、ちょっと違うだけで印象がぜんぜん変わりますからね。あと難しいのは、セリフの尺制限があるなかで、ベストなチョイスをしていかなきゃいけないということ。本当に困るのが一言二言のごく短いセリフで、それを日本語に変換すると尺に入らないこともありまして。
――そういうときは、次のセリフのなかに入らなかった部分を盛り込んだりといった対処をするのでしょうか?
谷口:いや、それも危険なんです。例えばそのセリフが2連続の文章だったとして、連続しているから大丈夫だろうと翻訳してたら、片方だけカットしてくる場合があるんです。
西尾:あとは『Detroit』と『LIS』の共通点としては、選択肢で話が変わっていくじゃないですか。その中にはどの選択肢でも使われる共通の返答があって、その返答のニュアンスを例えば選択肢A側に寄せちゃうと、別タイミング、例えば選択肢Bで使われたときにつじつまが合わなくなっちゃうんですよ。演技も片側に寄せちゃうと、違う選択肢を選んだ時にえらい会話のニュアンスが変わっちゃったりするので、やっぱり別のセリフに入れ込むのはリスクが高いかな。
単語の共有、過剰な日本語訳など、英語から日本語への翻訳ならではの苦労も
――『Detroit』の翻訳のスマートさはプレイして驚嘆したんですが、あれはどのようにして行なったんでしょうか?
谷口:まず最初に、英語版の役者さんが用いていた台本がpdfで来るので、それを訳していってエクセルにまとめ、順番を並び替えるんです。海外開発の場合セリフなどがプログラム上の並び方になっていることもあって、必ずしも選択肢の順番と同じじゃないんですよね。例えば、コナーとハンクが会話をしていたとして、ハンクが何かを聞いてくる。それに対してコナーが選択肢で質問の答えを選ぶっていう場面のとき、”彼ら(開発)が意図した答えナンバー1″みたいな返答はハンクの質問のあとにあるんですが、それ以外の2~4の答えはぜんぜん違うところに置かれていたりするので、それを探して、わかりやすい場所に来るよう再構成する、という作業です。台本上ではハンクの質問があった場合、選択肢Aの場合はこのセリフ、Bの場合はこのセリフって書いたあとに、ハンクの返しのセリフが入ってくるようにしました。それと同時に、クアンティックドリーム(『Detroit』の制作会社)の場合はモーションキャプチャーの映像が全部送られてくるので、台本と一緒にその映像を弊社のビデオ課に渡して、台本通りに映像を編集して収録用に書き出してもらっています。
西尾:それは手が込んでますね、すごいな!
谷口:台本のパターンはいろいろあるんですが、選択順にしたり、ストーリーの内容に沿うようにしたり、あとはあるシーンの全選択肢を〇ボタンで選んだとき、×ボタンで選んだとき……というように、同じシーンを複数パターン作っていきます。そのうえで、一連のムービーとして捉えられるように映像を全部編集してもらって、それを使って掛け合いの収録をするんです。時間はかかりますけど、役者さんに映画と同じような感覚で収録してもらえるのが利点ですね。
西尾:だからこその『Detroit』の完成度だと思いますね。『LIS』の規模だとちょっとマネできないな。羨ましいと同時に、自分ではやりたくない……(苦笑)。
谷口:まあツライけどね(笑)。クアンティックドリームの過去作である『HEAVY RAIN -心の軋むとき-』や『Beyond: Two Souls』のときもやっていたので、今回もやらなきゃなと。どうしてもクオリティに関わる部分でもありますから。ビデオチームに頭下げて、1カ月くらいで作ってもらいました。
――尺合わせなど、収録も大変そうですね
谷口:そうなんです。もらった音声と映像の両方に合わせて尺合わせしているんです。まず並び替えをしてから、音を合わせていく作業。
西尾:『LIS』は音だけの作業が多いかな。素材として映像がある場合は、もちろん映像も音声も両方使います。映像がないときは、こちらで役者さんにどんなシーンか説明して演じてもらう感じです。
谷口:『オーバーウォッチ』みたいに顔が映らないタイプのゲームなら、音の波形だけで合わせてやっちゃうかな。尺合わせって、大まかに何パーセント、何フレームまでならズレていいという基準があるので、それに従いつつ波形で合わせていく感じです。
西尾:『オーバーウォッチ』に関して言えば、尺の基準が基本的にフリーだったので、極論を言えば波形もいらないんですよ。作業自体は波形を出してやってはいますけど。逆に『ビフォア ザ ストーム』に関しては、100パーセント合わせるという基準でした。前作の『LIS』に関しては、じつは日本語の音声に合わせて口(パク)が動くタイプだったんですけどね。
谷口:え、そうなんだ!
西尾:その意味では『ビフォア ザ ストーム』のほうが難度は高かったです。すべてのセリフを100%マッチで録っていかなきゃならなかったので。最初、前作と同じ気分で作業していたら、「ぜんぶ100%だよ」って言われて、思わずため息が漏れました(苦笑)。まあ開発会社が異なるので仕方ない部分ではあります。特にクロエはよくしゃべるので、雰囲気で喋らせると尺オーバーしちゃいがちなんですよね。だから尺合わせするときにかなり削らなくちゃいけなかった。
谷口:私は翻訳するときに、経験上、英語でこの長さだったら日本語だとこのくらいの長さだなっていうのが体感的にわかるようになっているので、その段階でもうこの言葉は入れられないから切る、という作業をしますね。その状態で波形を見ながら尺合わせして、その後映像を見ながら口パクを合わせるんです。日本語って英語とは口の動きが違って、英語は最後がSとかTで終わることが多いので、音がなくなってもまだ口がパクパク動いてるんですよ。日本語を英語と同じ長さの文章にしちゃうと、口がパクパクって余ってしまうので、少し長めに合わせなきゃいけなくて。だから、映像を見ながら自分で喋って合わせるんですけど。
西尾:そういえば、セリフを自分で並べ替えているんですよね? 僕はまずマクロ組んでもらって、IDでセリフを見つけられるようにすることから始めます。もちろん、それができるタイトルとできないタイトルがあるんですけど、幸い『ビフォア ザ ストーム』のID管理はスゴイ優秀でした。ただ僕はマクロが組めないので、できる人に説明して作ってもらいました。
谷口:いいな! その並べ替えツールください(笑)。
西尾:やり方を覚えたので、今度教えますよ。それでみんなが幸せになるなら(笑)。まあ、それができないタイプのゲームのほうが多いんじゃないかなとは思いますけどね。『ビフォア ザ ストーム』は、話者、エピソード、シーン、会話の順番、みたいな感じで、IDが比較的わかりやすかったのでできましたけど。ただそれでもフラグ関係……例えばエピソード1の選択肢がエピソード3に響いてくる、というようなのはさすがにわからなくて。開発資料の何百ページもあるpdfファイルに「この選択肢を選んだら、エピソード〇〇のここに影響します」って書かれているので、そこだけは人力で探していました。
谷口:あるある! 昔のゲームブックみたいだよね。〇ページに進めって書いてあって、開くとゲームオーバー! みたいな(笑)。
西尾:それの極端な感じですよね。僕の場合は、尺合わせは海外音声準拠で、エクセルの中にクリックすれば音声ファイルを流せるリンクを組み込んで、それを1個ずつ聞きながら調整してます。あとやっかいなものといえば、1つでいろんな場所に使われる言葉ですね。
谷口:「Leave」とか「exit」とか、本当にやっかいだよね!
西尾:「Leave」わかる!『Detroit』をプレイしていて、ああ同じところで苦労してるな、って思ってました(笑)。『LIS』って、特定の場所で座ると物思いにふけるシーンがあるんですけど、そこの日本語は「出る」にしたんですよ。心情的には「終了」とかにしたいんですけど、単語が「場所から出る」の「Leave」1個しかアセットに存在しないんですよ。だから、これを「終了」という訳にすると、ほかのシーンで部屋から出ようと扉を開けるときに「終了」って表示されてしまう。
谷口:だから私たちは、苦肉の策で「出る/やめる」というように、スラッシュを入れました。あとは「Call」も困る! 「電話に出る」と「エレベーターを呼ぶ」と「呼ぶ」で全部共通の文字列を使っているんです。しかも「Call」なんか2,3種類あって、あるものは共通で使われているのに、他のものは特定のステージだけでしか使われてなかったりしていたので、とにかくどれがどのステージで使われてるのか教えてくれって開発会社に言ったんです。でも返答は「わかんないから自分たちで見つけてくれ」でした(笑)。
西尾:試されてる! だから結局「呼ぶA」、「呼ぶB」とか仮でつけておいて、実機で確認するんですよね。前にそれで本当に困って、日本語ローカライズ用に単語を足してもらったこともあります。とはいえ、なかなかそれができるわけじゃないですからね。
谷口:『Detroit』もできる範囲で頑張ってくれて、だいぶ足してくれたりはしたんですが、それでもやはりすべてをフォローできるわけではないですね。『Detroit』はメニューを英語にしたんですが、メニューで使われている文字がゲーム内で使われたりすると、これまた大変で。海外ゲームでありがちな「メニューでもなんでも日本語にする」があまり好きじゃないので、なるべくこだわりたいんです。が、これもできるものとできないものがありますね。
西尾:海外スタジオがやりがちな過剰な日本語訳というやつですね。僕も『LIS』の「PRESS ANY BUTTON」は英語のままにしました。でもそれやると開発が僕にバグ報告をしてくる(笑)。
谷口:されるされる!「ここ日本語になってないけど?」って言われるよね。以前は「PlayStation」すら「英語のままだ」とバグ報告されることもあったくらい。まあ英語そのままにすればいいというわけでもないので、日本人が見てわかる英語にしなきゃいけないんですが。例えば「Resume」とかだと日本人はわからない人が多いから、「Go Back」に変えたりとかね。
西尾:ここは比較的、翻訳者の色が出るんじゃないですか? どこまでを英語にしたりとか、英語の変え方とか。
谷口:そうかも。あとはゲームの雰囲気かな。日本を舞台にしたゲームとかだと、英語使わないかもしれないし。
西尾:逆に日本産のゲームのほうが、ローカライズタイトルよりも、メニュー中の英語が多かったりしますからね。そのへんのバランスは難しいです。こっちがわかるだろうと思っても、万人には伝わらなかったりというのもあるので。
谷口:西尾さんは帰国子女だし、私も海外留学の経験があるので、どこまでが日本人がわかる英語なのかっていう感覚が、たぶん一般の感覚と違っていて。だからJAPAN Studioの人にたまに聞いたりします。「この単語わかりますか?」って。
西尾:逆もあると思うんですよ。日本語から英語にローカライズする場合も、日本語だとひと言で上手く言えるのに、英語だとできないってパターン。僕らは英語から日本語にする側なので、やっぱり英語が羨ましいと思う機会のほうが多いですが。
――聞けば聞くほど単語へのこだわりや悩みが感じられます。『Detroit』も『LIS』も比較的現代に近い舞台設定となってますが、だからこそ難しいということもあるんでしょうか?
谷口:じつは私は現代もののほうが難しいと思っています。時代ものとかファンタジーって、それっぽい言葉っていうのがあって、そういう言葉を選んでいけば雰囲気を作れるので、多少やりやすいかなと思うんですよ。もちろんそれには、難しめな言葉を選ばなきゃいけないとか、専門的な言葉を使わなきゃいけないという難しさもあるんですけど。
西尾:う~ん、確かにそれはあるかもしれない。ファンタジーとかだと、みんなが思っているステレオタイプ的な口調がたぶん存在していて……それに合わせるか合わせないかは担当者の判断だとは思いますけど。谷口さんが言ったように、それにはそれの難しさはあると思います。僕とかは、西洋ファンタジー的なセリフを書くのは苦手というか、やれてもかなり時間がかかりそう。
谷口:会話という点でも現代のほうが難しいんじゃないかな。みんな同じ言葉を使っているだけに、そのぶん特徴づけるのが難しい。全員同じに聞こえてしまうし、現代の会話だからこそ不自然さが目立ってしまうんですよ。ちょっと会話がちぐはぐだったりすると、聞いてるだけでなんか気持ち悪さを感じてしまう。
西尾:西洋ファンタジーだったら字幕だけでもけっこう個性が出せると思うんですけど、『Detroit』とか『LIS』みたいな現代や近未来、いわゆる我々の知っている世界の延長で描かれるものに関しては、声優さんの演技にものすごく助けられてます。
谷口:現代のほうが選択肢は多いと思うんですよ。ただし、その分どんな単語を使うかによって、ユーザーの感情移入の度合いも変わってくると思うし、声優さんの演技も変わってくる。そういう意味で個人的には現代のほうが難しいかなと思っています。異論を唱える人はたくさんいると思うけどね!
西尾:「架空の世界の翻訳の大変さなめんなよ!」ってね(笑)。
――『LIS』はメールやSNSといった、会話ではない文章が多いですが、あれも独特な言葉が多くて訳すのが大変だったのではと思います
西尾:そうですね。現代語のなかにおいて、SNSの言葉ってまた違うものじゃないですか。そこは国を問わずだと思うんですが、ネット独自の言語文化というものがある。ただそれもあまり日本に寄せすぎちゃうと……。例えば「やめてクレメンス」みたいな言葉にしちゃうのはやりすぎなんですよ(笑)。感覚がちゃんと伝わらなくなっちゃうから。なので皆さんが知っているであろう範囲、例えば「lol」だったら「w」にしてみたりとかですね。
谷口:程度によるよね。
西尾:そう。それでも、『LIS』のレベルでもやりすぎと感じる方もいらっしゃるとは思います。難しいですね、そこは。
谷口:100人中100人が納得できるものってやっぱり難しくて。もちろん、100人が納得できるように努力はしているんですけど、人間なので好みもありますから。
西尾:そうですね、あと『LIS』はもともとピーキーなゲームなので、そこを活かせるような訳をしたかったというのはあります。ほかではやらないようなセリフとかエッセンスは出しているつもりです。
谷口:私たちは、とにかく開発の気持ちを可能な限りそのまま伝えたいんですよ。一番開発と話をしているのは我々なので、一番気持ちを理解している……と思いたい。その我々が、気持ちを伝えるにはこうするのがベストだろうと思ってる形のものを信頼していただければいいな、と。
西尾:そこはもう僕らが自信を持ってやるしかないですね。結局日本の市場に出るのは、ローカライズされたコナーであったりクロエなので。開発が伝えたかったことを可能な限りそのままお伝えするという前提はあるんですけど、ローカライズ担当の色はどうしても出てしまいますし、逆にそこで踏み込まないと、作品本来の魅力は伝えきれないと思います。
谷口:私たちが自信を持ってやらないと、作品自体がローカライズされてもいいものにはならないので、そこはもう迷いを捨ててやらないとね。まあ最初は絶対迷いますけどね! いろいろ迷ったうえで、ベストだと思うものを作っているので。
西尾:本当にそう。始めたばかりはあっち行ったりこっち行ったりしますけど、最終的にはどしっと構えないとできないですよ。
谷口:そういえば、カーラの口調はすごく迷ってたんですよ。最初はもっと現代っぽい感じで喋らせていたんです。今って、あえていわゆる洋画の吹き替えでありそうな喋り方をさせてるんですけど、最初はもっとサバサバした感じだった。
西尾:僕は今のカーラ、すごくいいと思いますよ。
谷口:アンドロイドで家政婦っていうと、ちょっとステレオタイプなほうがいいかなって思って。あとは、カーラはアリスと母子のような関係になっていくから。
西尾:母性に目覚めていくことを考えると、今の方がしっくりくる気はします。
谷口:こういうのって台本書いてるうちにだんだん定まっていくよね。最初は感覚で、キャラ設定を読みながら書いているんだけど。
西尾:それはあります! クロエとかマックスも最初はぜんぜん定まってなかったんですけど、ゲームをやりながら自分の中で監修したりしていくと、だんだん見えてきますよね。
谷口:自分のなかでキャラが育っていく感じ。キャラの人格が自分の中でできあがっていくというか。
――例えば、声優さんの声を聞いてキャラクターの方向性が決まる、ということはあるんですか?
谷口:日本語の声優さんの声という意味であれば、日本語の音声を録る頃にはもう定まってないとディレクションできないので、あまり影響はしませんね。
西尾:英語の声優さんという意味では、英語音声を聞く前に台本を書かなきゃいけないことも多々あって、そういうときは英語音声を聞いてから手直しすることもよくありますけどね。
谷口:「思ってたのとぜんぜん違うじゃん!」みたいなね。あとは迷っているときに聞いて、指針を決めることはあります。
西尾:そこで一人称が変わること、けっこうありますよ。最初は「僕」で書いていて、音声聞いたら意外とオラオラしてたから、これは「俺」だわ、みたいな。だから英語が全部「I」なのは難しい。
――『LIS』も『Detroit』も没入感が高いゲームだと思いますが、没入させるためにローカライズとして工夫できること、心がけていることはありますか?
西尾:もとのゲームがよくできているので、そもそもの脚本や演出が没入感を高めているというのが前提としてあるんですけど、『LIS』のときにやったのは、あえて会話を矢継ぎ早にさせていたことです。昔ながらのゲームって、1人がセリフを言い終わった後に、少し間があって相手がしゃべり始める、みたい感じなんですけど、実際の会話ってそうじゃないじゃないですか。1人がしゃべり終わる前に次の人が入ってくるぐらいが自然ですよね。『LIS』ではそれができたので、目が離せなくなるというか、いい意味で会話を聞いてなきゃいけなくなって、それがのめり込む要因になっていたのかなと思います。もちろん、英語版の時点でその傾向が強かったので、僕が意図的にいじったというわけではないのですが。ローカライズの段階で没入感がどうとかは、深く意識するわけではないですね。
谷口:没入感を持たせるためにこういう言葉を使おうと考えるのではなくて、この会話をしたときに一番感情が動くのはどんなセリフだろう、と考えるんです。私は台本を書くとき、家で演技するんですよ。映像を見ながら会話をして、感情的になって書くんです。そのときに自然に出る言葉を台本に落としていく。自分の気持ちのまま。だから私も深くは考えてはいないかな。
西尾:声に出さないと尺が合わないですからね。頭の中で読んでると速くなっちゃったりするんで。
谷口:おかげで隣の部屋の人に変な人だと思われてる(笑)。西尾さんも思われてるでしょ?
西尾:いやいや、僕は家ではやらないので……(笑)。誰もいない会社でやったりとかはしますけど。でも、あまり人の目は気にしないですよ。『LIS』だと台本書きながら会社で泣いてることもありますし(笑)。
谷口:私も会社でやることはあるけど、自宅のほうが集中できるなあ。没入感について言えば、セリフもそうだけど、選択肢とか、ゲーム内のテキストとかを気にしますね。
西尾:世界観にそぐわないものがあると没入感を削ぐ要因になっちゃいますからね。なんか変に目についちゃったりする言葉っていうのもあったりしますし。没入感を高めるというよりかは、違和感をなくす作業かな。僕たちがやってるのは。
谷口:そうそう。ハッと現実に引き戻されちゃうのは嫌だろうから、そういうところもちゃんと世界観に合わせましょうね、と。
――より自然に感じるように、というのを第一に考えているということですね
西尾:『LIS』はもっと自然にしたいところは多いんですけどね。改行とか(*)。言い訳のようになってしまうんですが、システム的にどうしてもできない部分も出てきます。特に「LIS」シリーズは、吹き替え対応は日本地域だけで、開発が頑張って無理矢理言語を追加している側面もあるので。
*『LIS』『ビフォア ザ ストーム』では、字幕サイズが可変なため、字幕の改行は自動で行なわれ、不自然にみえる箇所がある。
谷口:改行といえば、『Detroit』も大変だったの! フローチャートに改行コードがなくて、限界まで行ったら勝手に折り返すんだけど、見た目が汚くなるじゃない。だから手作業でスペース入れて自力で調整した(苦笑)。
西尾:僕も昔やったことある……。めちゃくちゃ大変ですよね。
谷口:これが字幕だったら、すごい量になるからたぶんできないんだけどね。2行になっちゃうところは、あと何文字全角スペース入れたらきれいに改行できるかなって数えたんですよ。次のビルド来たら、1文字間違えてたりしてて悲しかったなあ……。
西尾:『LIS』は全角半角スペース入れても改行されないという謎の仕組みだったんで、自動改行しかできなかったんですよ。本当に限界に達したときに改行やページ送りがされるっていう作りだったので、それこそいくつかのシーンでは違和感の塊。あれは没入感を損なってしまう要因の1つだったんですが、僕らではどうにもできなかった。でも文字数カウントは、昔「コール オブ デューティ」シリーズにかかわったときにやりました。キレイに収めたと思ったら、次のROMでUIの表示域が変わっていて、ぐちゃぐちゃになっていたんです……。ベースが変わってしまうと結局ゼロからやり直しになっちゃうので、それ以来、めったなことではやらないことにしました(苦笑)。
谷口:しかもプロポーショナルフォントだと、文字ごとに幅が違うんですよね。文字の数を数えればいいわけではなくて。そこがツライところでもあります。
西尾:全角と半角の組み合わせでも変わるし、最近のゲームは複数のフォントを使うので、フォントによっても違ったりね。
谷口:複数フォントを使わせてくれる場合と、使わせてくれない場合があるんですが、フォントってけっこうメモリを食うんです。日本語はとくに文字種が多い(※英語アルファベットが26文字×2+αなのに対して、日本語では漢字も含めて少なくとも数百の文字種が必要)うえに2バイト文字なので余計にですね。グローバルに向けて作っていて、最初から「1つのフォントに文字種が何百もある言語がある」ということを意識していれば、もっとうまい文字管理の仕方があるんですけど。それがないと、フォントを1つ増やしただけで、何百文字種ぶんのメモリを使うことになる。だから英語では何種類もフォントを使えるのに、日本語では1種類しか使えないよって言われることはあります。
西尾:最近はハードのパワーが上がってきたこともあって、フォントの問題は昔に比べれば和らいだなという印象はありますけど、それでも重いものは重いですよね。
谷口:できるだけ少なくしようとして、その後にでたDLCとかで、「本編で使った漢字しか使えません」ということもあるよね。
西尾:そう! 対応文字種をどこかのタイミングでロックしちゃうんですよ。
谷口:最近はPS4のパワーのおかげで減りましたけど、昔はね。
西尾:DLCでぜんぜん違う世界観の話が追加され、本編で全然使わなかった漢字とかが必要になるときがキツイんです。PS3の時代でローカライズをされていた方なら経験したことあるんじゃないかな。
――句点読点の回り込みなど、禁則処理はどうなってるのでしょうか?
谷口:それも開発によりけりですね。行頭禁則がコードとして入っているものもあります。
西尾:『オーバーウォッチ』はそのタイプですね。初めから日本語の禁則が組み込まれていて、特定の文字から行が始まらないようになっています。
谷口:もちろんすべての会社がそうではないので、禁則がない場合は私たちが手作業で改行を調整しています。漢字だったものをひらがなにして文字数を増やしたりとか。ただ、字幕に関しては私のポリシーがあって、句読点は基本的に入れないようにしています。映画と同じ感じですね。名前のあとの読点だけは入れないと見づらいので、そこだけは入れますけど。漢字の熟語が続くときとか、ひらがなが続いてるときとかは読みにくいので、キリのいいところで半角スペースを入れたりしています。
西尾:ゲームの字幕って映画と比べるとどうしても量が多くなりがちなので、物量との戦いになってくる部分はありますよね。映画は映画で特殊なルールがあって、字幕は2行までですし、1行13文字くらいという制限もあって、かなり短くしなきゃいけないとか。ゲームの吹き替えって、基本的に字幕は、しゃべっている言葉そのままじゃないですか。なので映画の字幕よりも文章が長くなりがちで、続くと読みづらいっていうのはありますよね。
谷口:フォントサイズでだいぶ見え方も変わるし、まだ模索してます。
ローカライザーならではの視点や、ローカライズを仕事とするうえでの魅力とは!?
――E3 2018でもさまざまなタイトルが発表されましたが、ああいう場でもやはりローカライズの視点で見てしまうものですか?
西尾:すぐ見ちゃいますよ。
谷口:えっ、本当!? 私いっさい見ないけど。
西尾:トレーラーなら見ないけど、ゲームプレイとかを見ると、「ここ苦労するだろうな」とかは思っちゃう。
谷口:へぇ~。私本当に自分の趣味のことしか考えてない(笑)。
西尾:すぐにその場で日本語のセリフとか考えちゃいますね。
――では、最近ローカライズされた作品などで感心したものなどありますか?
西尾:いや、もう『Detroit』でしょう!
谷口:ありがとうございます(笑)。私は最近ぜんぜんゲームをする時間がなくて、弊社から出してる『ゴッド・オブ・ウォー』とかもまだできてないくらいなので……。あとじつは私、いわゆる洋ゲーってあんまりやらないんですよ。オープンワールドのファンタジーものとかは遊んだりするんですけど、普段は日本のゲームが多くて。最近でなくてもいいなら、特徴的なのはやっぱり『オーバーウォッチ』だと思いますよ。あれは私にはできないと思うし、アプローチのしかたが興味深いですよね。西尾さんがやってよかったと思う。
西尾:ありがとうございます! 過去を見れば、スパイク・チュンソフトさんが出した『ウィッチャー3 ワイルドハント』が、本間さんだなあって感じがしますね。あれは彼の人間離れした体力とマゾっ気がなせるワザだと思います。
谷口:でもローカライズ担当者って、みんなマゾみたいなものでしょ?
西尾:そうだけど、あの人はマゾっ気でいうとシャレにならないと思う。大変な道を行くために、わざわざ藪の中を探して行くような人(笑)。
谷口:でも私、あんまり他人のローカライズは見ないようにしてる。「私だったらここはこうした」とか思っちゃうから。だからトレーラーを見たり、ゲームプレイをサラっと見たりくらいしかしないかな。
西尾:それはどのゲームをやっても思っちゃいますね。純粋にゲームを楽しめなくなっちゃう、っていうのはある。でも『ビフォア ザ ストーム』が終わってようやく少し時間ができたから、何かプレイしたいな。
――西尾さんは『Detroit』はもうプレイ済みなんですよね
谷口:何エンドになった?
西尾:えっとね、まずマーカスは××××。
谷口:なんでよ!?
西尾:まあネタバレを避けて言うと、マーカスは××××で、カーラはわりと満足のいく終わりかたを迎え、コナーは一度も○○せずに済みました。ただ、殺さずでやってきたのが、最後でちょっと僕の意図しないルートに入っちゃったので、そこが残念かな。
――ルートや選択によって流れがぜんぜん違いますもんね
谷口:私でもどこをどうやったらこのルートに入るとか、完璧には全容は把握できてないくらい細かいですからね。台本書いてるときって、まだ他のキャラクターとの友好度とか入ってなかったし。橋のとこでコナーとハンクが話すシーンがあるじゃないですか。絶対好感度上がるだろと思って選んだ選択肢で、実際にはガーンと下がってしまって「!?!?」ってなったりね。
西尾:ハンクは、コナーが人間っぽい行動を取ると好感度上がりますよね。
谷口:ツンデレおじさんなのでしょうがないですね。
西尾:僕の同僚は、「どうやってもハンクに嫌われていくんですけど……」って言ってて、もうちょっと人の気持ちを考えたほうがいいよって思いました(笑)。
谷口:私も落ち着いたら『LIS』やりたいな。
西尾:ぜひぜひ! もうちょっとアドベンチャー系のゲームも増えていくといいんですけどね。
――ナラティブ性という点において、『Detroit』と『LIS』はこれまでの作品と比べ、少し一線を画しているのかなと思ったりもします
西尾:選択肢の多さとか、選択によって物語が大きく変化するというのは『Detroit』のほうが上かなとは思うんですけどね。
谷口:たしかに『Detroit』の選択肢や変化の数とかその度合はすごいけど、上というのは正しくないかも。システム的に似ているようでも、開発によって彼らが進んでいる道というか、目指しているものがぜんぜん違うんじゃないかな。
西尾:いわゆる選択肢アドベンチャーというジャンル自体は同じですが、プレイヤーに伝えたいことは異なるかな。『LIS』は決してフローチャートは見せないと思いますし。でも『Detroit』をプレイしたときは驚きましたよ。こんなに展開が変わるゲームってほかにないですから。そのぶん、絶対ローカライズはやりたくないとも思いましたけど(笑)。とはいえ、クリアした人たちの話がこれほどかみ合わないゲームも珍しいなと。それくらい変化の幅が広いじゃないですか。『LIS』も選択肢で変わっていきはするんですけど、変えられないこともあるし、「変えられないことも含めて人生だよね」という意味合いが強いので。
谷口:『LIS』は、前作から続いて根強いファンが多いよね。
西尾:世界を見てもファンは多いですね。といっても『Detroit』も増えるんじゃないですか? すでにファンアートとかの量が尋常じゃないし。
谷口:たしかに。ちょっと人気が偏ってるけどね(笑)。でも『LIS』は時間を戻せるっていうのが発明だったと思う。
西尾:実際のゲームそのものを巻き戻すという仕組みはすごかったですね。ローカライズを大変にさせる要因の1つではあったんですけど。事前に「ゲーム内で時間を巻き戻す」という話自体は聞いていたんですが、実際に見るまではしっかり認識できていませんでした。
谷口:『LIS』を初めて見たとき、「ローカライズ、攻めてるな」って思ったよ(笑)。
西尾:もともとインディータイトルということもあって、これは海外チームもそうなんですが、とにかく現場の自由度は高いですね。言葉の選択やフォント、あとはPRとか。PRも、ほかでは怒られるんじゃないかなということもやりましたね……(笑)。
谷口:でもローカライズ楽しそうだったよ。
西尾:楽しかったですよ。正直ここまで反響があるとは、当時は思ってもみなかったです。
――ホットドッグマンのアートとかもにぎわったりしてましたよね
西尾:今年のE3会場にいたスクウェア・エニックス唯一の着ぐるみが、なぜかホットドッグマンなんですよ。スゴいとこに金使うなあって思ってました。高いんですよ、着ぐるみって。なんか『LIS』チームはホットドッグマンを推すんですよねぇ。
谷口:もっと使えそうなのあるのに(笑)
西尾:そう! SIEさんとかだと、ラチェットがそこらへん歩いてるのに、うちのブース見に行ったらでっかいソーセージが待ってるんですよ。……まあたしかにかわいいんですけどね。
――最近、SNSなどでもプレイヤーさんがローカライズについて言及していたり、褒めていることが多く、よく見るようになった気がします。ところで、ローカライズをしていて楽しい部分、キツイ部分などはありますか?
谷口:開発が思っている意志を伝達するというのが前提として、一番楽しいのは、自分で日本版の世界やキャラを作って、自分たちが選んだ声優さんたちの声でキャラとセリフに命が吹き込まれる瞬間ですかね。自分の頭の中で考えて書いたセリフが、実際の声となって出てきたときの感動。それがさらに、ゲームという形になって、プレイして……そこで日本語が聞こえてきた瞬間の高揚感を越えられるものはないですね。
西尾:初めて日本語音声が乗ってきたビルドをプレイする瞬間は楽しいですよね。谷口さんがおっしゃったことは、ゲームローカライズにおける1つのマイルストーンみたいなもので、誰もが味わうものだと思います。僕は一番最初の日本語ビルドが開発から届いたときと、スタジオでディレクションしてるときが楽しいかな。僕の言葉で声優さんに場面を伝えて、イメージ通りのテイクが録れたときは楽しいですね。音響ディレクションが本職ではないんですけど、やってて楽しいです。
谷口:私もディレクションも自分でやってみたいと思ったことはあるんですけど、やはりその道何十年のプロではないので、弊社では映画の吹き替えをやっている音響監督さんにいつもお願いしています。彼らの「声優さんの底力を引き出してくれる能力」がとてつもなくて、私では彼らほどはできないかなと思うので、お願いしていますね。当然私たちも現場にはいるので、ディレクターさんたちと2人3脚でやってはいますけど。彼らはものすごく言葉の引き出しを持ってるんですよね。しかも、こちらが全然想像もしないような伝え方をしているのに、ちゃんと私たちが望んでいる演技を引き出してくれるんですよ。
西尾:ありますね。声優さんに伝えている言葉だけを聞くと「?」と思うんだけど、アウトプットは望んだものになっているっていうのは、プロの音響監督さんとお仕事をすると感じます。
谷口:だからいつもお任せしてるんだけど、ディレクションにも興味はあるなあ。
西尾:おもしろいですよ。僕がやり始めたきっかけは『LIS』でした。それこそプロの音響さんのような引き出し方はできないので、僕がやっているのはフランクに接して、できるだけ詳しくシーンの内容をお伝えしたうえで、声優さんご自身に引き出してもらうって感じですかね。だから声優さんは少し大変かもしれません。
谷口:つらいことは……スケジュールかな! 時間がなくて、やりたいけどやれないとき! 自分は150%までやりたいけど、ほかの理由でそこまでやれないときがつらいですよね。ユーザーさんにはベストなものを出したいとは思っているので。
西尾:石油王がスポンサーについてくれるといいんですけどね(笑)。本当にスケジュールがないときって、最初の翻訳を複数の翻訳者さんにお願いして一気に訳してもらうんですけど、それをいったんまとめて受け取ったときが一番ツライ気持ちになります。
――翻訳のテイストがやはりバラつくからということでしょうか?
西尾:それもありますし、頼んでいたものとちょっと違うものが出てくることも往々にしてあるので……。でも『LIS』のようにボリュームがあるものだと、翻訳者さんの力を借りなきゃ厳しいですからね。ただ、『ビフォア ザ ストーム』に関しては、前作がすでに存在していたというのが大きいのか、皆さんすごく良い訳を最初にあげてくれてとても助かりました。逆もあるんですよ。すごく良い訳なんだけど、ゲームとしてはこのまま使えないという。あとは、同時にいろいろな案件が重なる時がつらいですね。『オーバーウォッチ』の大型アップデートと、『ビフォア ザ ストーム』のマスターが同時期にきたときは、もうだめかもしれないと思いました。
――最後に、これがあるからローカライズを頑張れる、という醍醐味を教えてください
谷口:さっきと被る部分もありますが、作者・原作者の想いが前提としてあったうえで、私たちが作り上げた世界を通して、ユーザーさんがプレイして感動してくれたりとか、感情を揺さぶったりすることができたときですね。「感動しました」とか、メッセージをもらえるたびに、ローカライズを続けていこうと思えます。
西尾:僕は、「このローカライズを待ってた」って言ってくださるユーザーさんの声を聞くとよかったなと思いますね。あとは、個人的なことになりますが、開発側にほめてもらえるとすごい嬉しいです。「日本語のクロエ最高だよ」とか褒めてもらえたりとか、クリエイターの人たちに受け入れられたと思うときは最高に嬉しい瞬間ですよね。
谷口:最大の賛辞だよね。私も開発にいってもらえるとすごく嬉しい。今回発売後にクアンティックドリームのCEOからメールがきたんですよ。文面に「our Niina」って書いてあったのがすごく嬉しくて。私だけじゃないと思うんですが、私たちはローカライズの一員であって、開発ではないという気持ちがあるんです。作業としてはゲームを作ってるんだけど、制作陣ではないというか。そういう気持ちがどっかにあるので、「僕たちの新菜」っていってもらえると頑張ってよかったなって思います。私も一員として認めてもらえたんだ、この人たちのためにベストを尽くしてよかったって思う。嬉しかったことといえば、E3でコナーのPVを出したときに、開発の間で日本版のPVをみんなで見たんですって。それがあまりに出来がよかったから、「英語版が悪く見えちゃうから、日本語版のクオリティをこれ以上よくするのをやめてくれないか」って言われたんですよ。
西尾:それは嬉しいですね。そうそう、もう1つ醍醐味があって、ローカライズ期間を通して、まっさらなROMから、段階的に日本語が入っていく様子を見られるんですが、すごい短い期間でやるぶん、成長過程みたいなものが凝縮されているんです。我が子がどんどん育っていくみたいなものが見られて、それが楽しいです。すごく短時間でゲームの発売までの流れを経験できる場でもあって、もし開発・制作に携わりたいと思っている方でも、いったんローカライズを通して体験してみると、その流れが明確にわかると思うので……オススメですよ。
谷口:それは思う! 大変な仕事ではあるんですが、やりがいはあるよね。もっとたくさんの人がゲームのローカライズをやるといいと思います。いずれフリーランスで翻訳をやりたいという人も、一度会社に入って経験してみると、ぜんぜん違うんじゃないかと思いますね。セリフ1つにしても、ゲーム内での使われ方の予想もできるようになるし、翻訳の仕方がぜんぜん変わってくる。
西尾:どういう流れで実装されるのかっていうのは中に入らないと見えないですから。それを経験していないと、視野が狭まっていってしまうと思うので。いい訳であったとしても、ゲームとしていいか悪いかの判断ができないと、ゲームとは離れたところで翻訳だけがうまくなってしまうと思います。ゲーム開発では機密事項が多すぎて、外部の方に言えない情報が多いですからね。なので、ご興味がある方はぜひお待ちしてます!
谷口:待ってます! いつまでも待ってます(笑)!
――ありがとうございました!
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Life is Strange: Before the Storm (ライフ イズ ストレンジ ビフォア ザ ストーム)
・発売元:スクウェア・エニックス
・フォーマット:PlayStation 4
・ジャンル:アドベンチャー
・発売日:好評発売中
・価格:パッケージ版 希望小売価格 3,800円+税
ダウンロード版 4,104円(税込)
・プレイ人数:1人
・言語仕様:音声-日本語/英語
字幕-日本語/英語
・CERO:D(17才以上対象)
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『Life is Strange: Before the Storm』公式サイトはこちら
『Life is Strange』公式Twitterはこちら
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Detroit: Become Human
・発売元:ソニー・インタラクティブエンタテインメント
・フォーマット:PlayStation 4
・ジャンル:オープンシナリオ・アドベンチャー
・発売日:好評発売中
・価格:パッケージ版 通常版 希望小売価格 6,900円+税
パッケージ版 Premium Edition 希望小売価格 8,900円+税
ダウンロード版 通常版 販売価格 7,452円(税込)
ダウンロード版 Digital Deluxe Edition 販売価格 8,532円(税込)
・プレイ人数:1人
・CERO:D(17才以上対象)
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『Detroit: Become Human』公式サイトはこちら
Life is Strange: Before the Storm © 2017 – 2018 Square Enix Ltd. All Rights Reserved. LIFE IS STRANGE and LIFE IS STRANGE: BEFORE THE STORM are registered trademarks or trademarks of Square Enix Ltd. SQUARE ENIX and the SQUARE ENIX logo are registered trademarks or trademarks of Square Enix Holdings Co., Ltd. All other trademarks are the property of their respective owners.
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